オンライン座談会 on AT @ズームミーティング①

昨年4月から始まったオンラインでのトークセッション。恒例の新春座談会も、この時代らしくオンラインでしてみました。お二人の先生に生徒の立場で加わっていただき、さあ、どんな話になるでしょう。ではセッション、スタート!

参加者:谷村英司 / 松嶌 徹 / 鹿島啓子 / 細川哉苗 / 小湊育世


松嶌:明けましておめでとうございます。去年はさんざんな年でしたけど、今年もどんなことが起こるか分かりませんが、それぞれの地元、自分でできることを頑張ってやっていくしかないと思います。よろしくお願いします。


谷村:明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

Zoomセッションを振り返って、思い出してみると、そもそもZoomのきっかけは、コロナの自粛から起こったわけですよね。私的に言えば、まず気づいたのは、自粛によって、皆さんの意識の中にかなり閉鎖性が生まれて、それが顕著に表れた現象だったなぁと思いますね。その閉鎖性が社会にとって、個人にとって、どういう現象を起こすのかということが面白い実験だなぁと思ったんです。その自粛から始まった閉鎖性というのが、明らかに問題があると思ったわけですね。


松嶌:個々の現象として観察されたんですね。

谷村:そう、日頃から僕は、アレクサンダーを通して自分のからだのことを感じたり、考えたりしているわけですから、背骨に関しては鋭敏になっていると思うんです、普通の人よりもね。その閉鎖性と背骨の活動と萎縮はリンクしているってことをはっきり感じたわけです。ですから、アレクサンダーの発見した人間の問題は、習慣的なからだの反応パターンのことなんですが、具体的に言えば、頭を引いて背中が狭く短くなる反応をするっていうことなんです。それが単に身体的な習慣を抑制するだけの問題ではなくて、実は意識の閉鎖性から来てるということ、意識の閉鎖性が、背骨の活動を萎えさせて、そして、それが筋力によってその習慣的反応パターンに移行していくと考えたら、僕の中では今までよりも明確な感じがしたんです。それが以前から紹介している矢印の内向きっていうことですよね。その内向きの実験をしたら、まあ普通の人には一番分かり易い反応が起こりました。それではっきりしたのは、やっぱりみんな萎縮していると(笑)。その辺からZoomの話も始まりましたよね。

松嶌:セッションの参加者からも当初、自分が縮んでいたことに気付いたっていう反響が続きましたね。鹿島先生どうでしょう。

鹿島:明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

去年はいろいろ大変でしたよね。コロナで。初めてのことで。今年は私の中では、結局、自分ができることをまずやるっていうことしかないなぁと。今自分が置かれている環境に、ちゃんと向き合って毎日生活する、そうありたいなぁと思っています。

松嶌:小湊先生はどうでしょう。

小湊:今年もよろしくお願いします。去年はコロナの影響で研修が無かったんですけど、そのお蔭と言ったら変ですが、こういうZoomセッションを聴く機会を持たせて頂いて、今までにない方向に広がり始めました。それがありがたかったです。教室にも活かせたので、今年もまたここで学んだことをどんどん実験していきたいと思っています。

松嶌:細川先生、お願いします。

細川:はい、今年もよろしくお願い致します。

去年は自分の価値観というか、それが全部崩されて、どう生きていくかとか、ほんと難しい選択を迫られました。未だにそういう状態ではあるんですけども、その中でどうにか前へ進もうという人間の強さというか強かさとか、そういうことも凄く感じられたなと思います。その中でZoomセッションなどの講座が家に居ながら受けられて、「あら、お徳!」っていう感じでした。(笑) この2021年もどんな風に発展していくのか、楽しみでもあったりします。

松嶌:で、英司先生、先ほどの閉鎖性の話ですが、コロナの前もその現象は、人間には起こる、私たちみんなに起こっているわけですね。

谷村:そうですね。明らかに起こっているはずなんです。私には、今回の社会現象によって改めて明確になったのです。ATでは意識の問題についていろいろ言われるんですけども、人間の本質的なところで閉鎖性が起こってると捉えたら、僕らの問題点が明確化されることになったなあと思ってるんです。

松嶌:それは自粛という、物理的に孤立する、関係を持たない、この騒動以前にも普通の家族や職場や学校で関係があったはずの中でも起こっていたということ。

谷村:もちろんそうでしょうね。ただ、この閉鎖性っていう意味が、皆さんの中でイメージできるかどうかですよね、それが、自分自身にも確かにあるなっていうようなものを感じてもらえれば…。

松嶌:鹿島先生、この図の実験をご存知ですか。これと内向きの矢印の図と、このZoomセッション上でやってみたらもう明らかに違ったと、それをみんなで体験するところから始めたんです。

鹿島:このあいだの集中ワークショップの時に、私も久しぶりに奈良に伺って勉強させてもらいました。その時にこの体験をしました。

松嶌:矢印ワークは、なんだか小湊先生がお教室でも活用されてましたよね。

小湊:はい。そうですね。自分が萎縮しているとか閉鎖的になっていると気づいてなかったんですけど、英司先生のお話で、私ってこんなに考えが閉鎖的になってて、だからからだがしんどかったんだと気づかせて頂きました。その経験を生かして、生徒さんに、「ちょっと外見るだけでいいよ」というアドバイスをしたら、「楽になった」というコメントを頂きました。

松嶌:細川先生は、このテーマの後くらいからのご参加でしたか。

細川:そう、9月くらいからです。この矢印はとても分かりやすい実験でしたよね。生徒さんにも見せてみて、すごく分かりやすいと思いました。萎縮と収縮の体験の中で、5月が一番しんどく、怖くて、息が詰まる思いだったんです。意識もからだも怖がるということが、この内向きの矢印だと感じました。

松嶌:内向きになると自動的に孤立、閉鎖系になるということですか、英司先生。内向きの人どうしが仲良くするなんてことはありえないでしょうかね。

谷村:ないですね。あるとすれば幻想ですね。オタクどうしが思い込みで話をしている。

松嶌:よくね、ネット上ではオタクのサークルができてるみたいですけど。

谷村:それで成り立ってるんですよね、多分。でもリアリティはあまりないと思うんです。大事なのは、僕らは常に閉鎖的な反応を無意識にしているものだと気づく必要があると思いますね。何もしていないと閉鎖系になるというぐらいに思ってもいいのかもしれない。

細川:最近の面白い話なんですけど、今日、抗体検査、私受けてみたんですね。というのが、高校の娘がスキー合宿に行って中国の方も一緒に宿に泊まっていたんです。帰ってきて熱出して、私以外の家族もみんな熱出したんです。それからこのコロナ騒ぎで「いやー、私らぜったい抗体持ってるわ」っていう話になりました。だから検査を受けたんです。でも、抗体が無かったんです。それを夫に報告したら「何で調べてきたの!?」って言われました。騒ぎで萎縮して閉鎖してしまっていたのが実は夫だったのかな、と思いました。(笑)

谷村:僕が思うのは、その閉鎖性というのはどうも何も生まないんですね。きっと。何か明日が見えないって気分にさせるってこと。(笑)いいことが生まれる我慢ならオッケイなんだけど、この閉鎖性は多分いいことが生まれる可能性はほとんどないって…というところの閉鎖性なんですね。

松嶌:一方ではGoToトラベル行きまくるみたいな、テンションが上がってオープンに自然になっていく人もあるようですが。

谷村:それは、本来のオープン系じゃないかもしれない。ある種の閉鎖系に対するアンチみたいな。(笑) オープン度でそう反応しているわけじゃないでしょう、多分。何か閉鎖系に対してまた閉鎖系の反応しているみたいな。

小湊:今言われていたみたいに、周りからの刺激で開いた分と、自分で閉鎖系になってるなあって気づいて開いたときでは、疲れ具合が違うなあって私は。

谷村:僕もそう思います。

小:ずっとセッションで言われたので、あっ、わたし今内に入った、独りになったと思った時に、やめようって思ってやったら疲れなかったんです。今までどれだけ周りに影響されて、前向きに頑張ろうと、変な前向きをしてて疲れてたことに気づかされた感じ。

谷村:脳がね、一見オープンなふりをして閉鎖系してるっていう。

小湊:今日も生徒さんが、「私ついつい、考え込むんです。辛いんです、私の癖で」って言った時に、「脳はそうなんだよ」って。言ったらすごい嬉しそうにされて、「みんなそうなの? 私だけじゃないの」って。そこからすごくからだが動き出したんで、面白いなぁと思いました。

谷村:大脳皮質っていうのが原因じゃないかって言う人がいて、そういう言い方したら、個性でもなんでもないということが分かるし、大脳皮質はそういう性質のものだと理解すれば、なんか突破口が見つかる気がするんです。

小湊:それまで気軽に質問できなかったみたいです。でも最近は些細なことでも聞いてくれるようになりました。私はオープンでいつでも聞いていいというつもりだったんですけど…。

谷村:双方の閉鎖性なんですよね。自分の思いを閉じるって癖があるんですね、僕らは。

小湊:それで、その方も開いてくれた。

谷村:そういうことですよね。多分、開いていいんだってことが理解できれば、何の問題もないなってことが、すっと分かるわけです。そういう教室であれば、生徒さんも楽しくなるし、いろんな気づきの場になれるかもしれないってことですよね。で、僕が提示したいのは、そういう気づきの場にしたらどうかってことなんですね。そして、上から目線で正しいことしましょうではなくて、ちょっとみんな持ってる固定観念を発見しましょうよ、ということです。これは昔から僕が言っているように、固定観念ってのは気づかないんですね。何気なく自分の中で育んだものですから、自分に固定観念があるって言われても、ピンとこないんですね。


谷村:ただ疑問に思ったことを聞くとか、私はこう思うって言った時に、その人の固定観念が露わになるわけです。自分の思ったこと、感じたことを、言ったほうが分かるんですよね。黙ってる人は分からないんです。そうすると、自分のいろんな固定観念が自分自身を縛ってることに気づきます。それはからだを縛っていることにもなります。

小湊:このセッションで間違ってもいいと思って何回も話すうちに、開かれた自分の中に嫌な面も見ることがありました。

谷村:「嫌な気分」っていうのも一つの閉鎖性なんですね。いいことだけを取ろうとか、いい風になっていきたいっていう願望が苦しめるだけで、全然何でもないことですよね。そのことに気づけば、そこから解放されるわけですから、ずいぶん楽になるんです。そういうことの気づきの場っていうのが、今の世の中少ないですよね。からだのワークを通してそういう話題に持っていければ、具体的でいいですよね。単に健康になるためにやるっていうことだけじゃなくて。

小湊:気づいてたら健康になれる気がします。

細川:木脇先生のヨガレッスンに行くと、アレクサンダーの概念を入れながらされるんですけど、オープンになってる姿っていうのが周りに移っていくような、波及していくような気がします。こういう場所があるといいよな~というのを感じます。
逆に緊張して閉鎖的な雰囲気も、周りに響いてくるんですかね、連鎖して。


谷村:そうですよね。今の社会全体がそういう傾向にあるってことは間違いない。閉鎖性なんですよね、やっぱり。

細川:閉鎖してるということは、オープンになってるってことがめったにないとすると、常に背骨が萎縮してるっていうことですかね。

谷村:そうです! みんな同じような姿勢じゃないですか。(笑) 僕もアレクサンダーやって初めて気づき始めたことなんですけど、自然には直らないみたいです。自然に任せたら、どっちへ行くかって言ったら萎縮の方です。習慣の方に行くんです。ですから何らかの学びが必要であり、積極的な気づきが必要であることは確かなんですね。日本人は特に、僕もそうですけども、自然という言葉が好きです。でもそこに盲点がありますね。私たち人間の言う「自然」は怪しい。(笑) 皆さんの自然は多分怪しい。さあどうでしょう?(笑)

細川:だいたい歳いったら、あちこち痛くなって筋力が弱って筋肉細るから、お腹も出て来るし、背中も曲がるし…。当り前よ、それが。自然よって。

谷村:そうですね。そうやってみんな怪しい自然を肯定していくんですね。それが普通です。

細川:なんか、でもおばさんになったり、おばあちゃんになってくることを肯定した方が生きやすい、それを諦めたらすごく楽よっとかいう言葉も聞いたことあるんですけど。私は抵抗したいですけど。(笑)

谷村:すごく巧妙ですよね。自然に任せてずーっとそのことを受け入れたら楽になるよって、巧妙な考え方です。僕にとったらそれは単なる「怠け者」の理論です。

細川:それも閉鎖なんですか。

谷村:自分に負けた人の、事実を否定し、負けを肯定する「言い訳」の理論なんです。僕はそれには乗りたくない。(笑)

細川:そうなりたくないですもん。

小湊:あのー、抵抗するっていうか、なんか一回受け入れて、そうだなあって気づいた人は変われる気がする…。

谷村:そこが微妙です、だから。事実は受け入れる必要があります、当然。

小湊:事実に抵抗することにみんな頑張りすぎて…。

谷村:おっしゃってることはすごくよく分かります、それは何かっていうと、頑張ってる人は閉鎖系のままで頑張っちゃうんです。オープンにしようとしているんです。だから自分の閉鎖性に気づいてない。だからオープンにしよう、私はオープンにしてるのよっていうわけです。強い閉鎖系が奥にあって、本当は苦しいはず。その事実を認めないで、つまりそのことに閉鎖系のまま言い訳して、オープンになろうとしているんです。なので、認める必要があります。それは事実に対して閉鎖系ですよって。それは、負けた人が自分は弱いって認める「強さ」なんです。事実を認めるっていう強さです。私たちには事実に対する、表面的な肯定性、否定性があり、それらに囚われています。つまり、閉鎖性です。でも事実を認めるっていうのは、その表面的な否定性を超えます。つまり、開放性です。そこに居れば、その否定性は気にならないし、別に頑張る必要もないってことですよね。だから大きな肯定性がそこにはあるはずなんですね。私たちの本来的な肯定性です。

小湊:一回、嫌な自分を見た時、しんどいなって思ったんですけど。そこかなと。自分の弱さをいっぺん認めたら、ちょっと楽になった。

谷村:自分の、表面的に否定的な要素を認める肯定性が大事なんですね。認めることは肯定性なんですね。恐れてる人は否定的ですから、自分の嫌な所を否定するわけです。だから嫌な気分になるんです。でも少しも嫌な気分になる必要はないわけです。だって事実があるだけですから。

鹿島:いいですか、ひとつ。
ここ何か月か、ずっと教室で事実を観ることをしてるんです。単純な動きをした時、ほとんどの方が不快感を感じられるのですが、その事実を観てもらうようにしているんです。そうすると、私も含めて随分楽に動けるようになるっていうことは、その閉鎖的な考えがそこでなくなるってことでしょうかね。

谷村:そういうことでしょうね。ところがもう少し進んだら、なぜ事実を観れないかっていう要因を自分の中に発見する必要があります。事実が観れないんです。


鹿島:そうですね。私は「素直に」って言い方してるんです。自分がその事実を認めたら、うまくいくのに。だけど私もそうなんですけど、頭の中でごじゃごじゃ考えているときは、事実が観られないんです。

<つづく>