第8回アレクサンダー・テクニーク国際コングレスレポート

2008年の8月8日という末広がりのめでたい数字が3つも揃った吉日に関西国際空港をエミレーツ航空という聞きなれない会社の飛行機で10時 間。するとこれまた聞きなれないドバイという空港で約4時間のトランジット。聞けばここはアラブ首長国連邦という石油がいっぱい出てくるお金持ちの国で、 いま流行の人工都市で高級ホテルやリゾート埋立て別荘地が立ち並んでいるそうなのです。そしてこの航空会社もこの国のもので、世界でもっとも豊かな航空会 社とのことでした。

 そこからさらに6時間。ようやくイタリアのミラノ空港に到着しました。ここからはチャーターしたバスで目的地スイスのルガノに向かいました。1時 間ほど走ったところで国境を越えスイスに入り、山の中の高速を走り抜けると眼下にいきなり上の写真の美しい景色が拡がりました。切り立った山々の下に湖が 広がりその周辺に町が広がっています。どうやら目的地のルガノに到着したようです。

われわれのバスは鉄道のルガノ駅前の広場に到着しました。目の前にはルガノを象徴する教会の鐘の塔が見え、眼下には湖の町が広がっています。バス はここまで。あとはケーブルカーで下り、各自で荷物を運ばなければならないと言われました。なぜならホテルはこの駅の真下にあってバスは乗り入れできない らしいのです。そんなわけで18名の日本人が団体で重い荷物をガラガラと引きずる音をたててちょっと恥ずかしい思いをしてようやくホテルにたどり着くこと ができました。

ホテルで少し休んでから明日のレジストレーション(登録)に備えてみんなで会場を散策することにしました。ホテルから15分か20分ぐらい歩いた ところに会場がありました。湖のまん前にあり、シンプルで洗練された国際会議場といったところでしょうか。裏には素敵なレストランがあり、よく手入れのゆ き届いた庭がありました。そこからさらに10分ほど歩いたところに大学のキャンパスがあり、ここでもさまざまな先生方のワークショップが開催される予定で す。このコングレスは大変オープンなもので私でも希望さえすればワークショップを開くことができ、その場所が提供されます。松嶌会長に私もやってみないか と薦められましたが、私にはそんな意欲も野心も湧いてこなかったので辞退しました。それに私は挨拶程度の英語力しかありません。私としてはただアレクサン ダー・テクニークを探求してきた一個人が4年ぶりに多くの先生方と再会し、一緒にワークができるということだけで充分満足でした。しかもこんなに解放的な 雰囲気のなかで5日間を過ごすなんて、マスマス楽しい日々になりそうでした。

ホテルへの帰り道でおいしそうなレストランを見つけたので、そこのテラスでイタリア料理を満喫しました。ここはスイスと言ってもイタリア語圏で、レスト ランのほとんどはイタリア料理。この先そればかりでいけるかどうか心配でしたが、そんな心配は無用に感じるくらいおいしかったです。


いよいよ明日はレジストレーションと開会式が始まります。いつものように会場は世界中から集まったATの教師や生徒でごった返すことでしょう。そして久しぶりにお互い元気で再会できた喜びの挨拶と声があちこちで響くのです。

思い返せば、私が始めてコングレスに参加したのはオーストラリアのシドニーから。あれからイスラエル、ドイツ、イギリス、そして今回のスイスとなるので 月日の流れるのは速いものであれからもう20年にもなるのでした。初めての時は右も左もわからずただ右往左往するだけで終わってしまった感じです。でもそ の間にいろいろな人たちとかかわりを持ちながら私はアレクサンダーの世界がどういうものかを学べたような気がします。狭い、情報が少ない日本で時々外国か ら先生を招待してこのワークを学んでいるだけでは、あるいは日本でだけではないかもしれません。それが外国であってもひとつの場所でただアレクサンダーを 学んでいるだけでは見えてこない視点がこのコングレスに参加していると見えてくるものです。

翌日、レジストレーションと開会式が始まりました。会場には続々と教師や生徒が集まってきました。壇上にはすでに今のアレクサンダー界で の重鎮たちが座っておられました。われわれのスクールの顧問リカ・コーエンさんを始め、シモエル・ネルケン、オーラ夫妻、ピーター・リボーさんこれらはい ずれも故パトリック・マクドナルドを師とした先生方。そして唯一F・M・アレクサンダーから学んだ第一世代のエリザベス・ウォーカーさんとその娘ルシアさ ん。そして少し離れてコングレスのディレクターのマイケル・フレデリックさん、そして今回のコングレスの責任者であり進行役のジュデイ・スターンさんと ローザルイザ・ロッシさんです。

今回はわれわれ日本人グループのために特にこのお二人にはお忙しいにもかかわらず様々な便宜を図っていただきました。本当に感謝しています。ありがとうございました!


開会の挨拶や案内が一通り終わったところでゲストスピーカーとしてアメリカの心理学者マーシャル・ローゼンバーグ博士が講演を行われまし た。彼はアメリカのCenter for Nonviolent Communicationこれを訳すと“非暴力コミュニケーションセンター”の創始者で彼の手法が現代の対立したあらゆる種類の人間世界を解決する糸口 になるのではと世界中の人たちから反響を得ている人物らしいのです。

彼が言うには、非難、批判、反抗の背景には怒りや悲しみといった否定的な感情が働いており、それは自分が必要としているものが満たされていないが故に起 こってくる反応だというのです。だから自分自身のそういった感情に対して非難、批判、反抗することなく表現し、理解することによって自分が何を必要として いるかを明確にし、それを要求することなく得ることによってその感情から開放されてゆく必要があるというわけです。

これは彼がいかなる困難な状況においてもお互いの尊厳を失うことなくそれを乗り越えてきた多くの過去の偉人たち(マザー・テレサ、キング牧師、マハト マ・ガンジーなど)を徹底的に調べ、彼らと普通のわれわれとの違いを見出したのでした。それは彼らの使う言葉、話す言葉が違うというものでした。彼らには 先ほど話した非難、批判、比較、取引がなかったのです。私がここでなるほどと思ったのは、コミュニケーションとはそれを通して自分自身が、あるいは相手が 何を必要としているかを理解する、あるいは理解してもらうことだということです。われわれは意外にそれがいったい何なのかを自分自身で明確にしないまま、 人とコミュニケーションをしているのではないかと思ったのです。あるいはそのことを明確にするためにコミュニケーションしているのかもしれません。そして それが故にそれがわかってもらえなかったり、わからなかったりするのです。自分自身で明確にされていないのだからそのことがうまくいくはずがありません。 にもかかわらずわれわれはそんなときに否定的な感情が生まれ、非難、批判、反抗といった反応が起こるのだというわけです。博士のこの単純明快な理論にみん な大いに刺激され質疑応答が盛んに行われ、拍手喝采のうちに講演は終了しました。

終わってから、よく考えてみるとアレクサンダーの世界もこういった対立構造があることに気がつきました。F・M・アレクサンダーがその創 始者であり、その弟子たちがその教えを後継してきたわけですが、その結果、ご他聞に漏れずキャリングトン派、マクドナルド派といった何々派できてしまった のです。もちろんご本人たちはそんなものを作るつもりはなかったのでしょう。自分たちの優位性を保持するために弟子たちがそうしてしまったのかもしれませ ん。しかし、彼らがアレクサンダーのもとを卒業してからはお互い話し合うことも、出会うこともなかったのは事実のようです。ですからそのときにこそこの ローゼンバーグ博士がいてノンバイオレント・コミュニケーションのワークショップを彼らに提供していてくれたらもうちょっとATの世界も違っていたのでは ないかなぁ・・・、なんて勝手な妄想を抱いてしまいました。まあこのコングレスが開かれる動機となったのも結局はそういうことで、みんなが世界の各地でア レクサンダー・テクニークという同じ名前でワークをしておきながらそれぞれが交流もなくそれぞれの手法でこの道を勝手に歩んでいる現状を見て、4年に一度 ぐらいは集まって交流してみませんか?ということなのです。


開会式も賑わいのうちに終わり、翌日から充実したワークの日々が始まりました。われわれは基本的に午前中に1回、午後から2回、1時間半から2時 間のワークショップを受けることができました。どの先生にレッスンをお願いするかは私の過去の20年の経験を信用してもらって、私がみんなにぜひ受けても らいたいと思う先生を私の独断と偏見でリクエストして直接先生方にお願いしました。以下はその先生方のご紹介とスナップです。


ルース・キロイさん

彼女はアメリカのボストンで十年以上トレーニング・コースのスクールをやっておられ、パトリック・マクドナルド、リカ・コーエンさんから学ばれました。 リカさんご推薦の一番弟子です。彼女はクラッシックバレーをしていてからだに問題を感じたのがきっかけでアレクサンダー・テクニークを始められたそうで す。美人で、明晰でとても素敵な先生でした。以下は帰国後の彼女からのメールです。

Dear Eiji-san,

I Hope you take great lessons from Lugano as I have.
親愛なる英司さん
私自身が得たような実り多い数々のレッスンをルガノで受けてくださったことと思います。

I enjoyed meeting you and the whole group from Japan,You are doing a great job with them
and I hope we will have more opportunities to meet and work in the future.
貴方と日本からのグループの皆さんとお会いして楽しかったです。
貴方は彼らと素晴らしいワークをされていて、またいずれお会いしてワークする機会があるとを願っています。

I am now back in Boston getting ready for the beginning of the school year with renewed energy.
私はボストンに戻り、充電したエネルギーで新学期を迎えられるよう備えています。

All the best, Ruth
お元気で、ルース


リカ・コーエンさん

今回のコングレスにおいて輝いていた教師の一人でした。彼女が行くところいつも注目を集め人気がありました。 このスナップはわれわれのワークショップではなく、教師や生徒が一堂に集まってワークをシェアする場のものです。そんな注目の彼女のワーク風景を私は部屋 の隅っこで眺めていたのですが、彼女がワークをしながら私と顔が合うや否や「エイジ!」と呼んでみんなの前に北村さんとともに引っ張り出されワークをした ときのスナップです。以下は彼女からのメールです。

Dear Eiji-san,
親愛なるエイジさん

It was a very exciting Congress and I had a great time. I am very glad that you and the whole
group of teachers from Japan enjoyed it too.
とてもエキサイティングなコングレスで、私も素晴らしい時間をもてたわ。貴方と日本から教師グループも楽しんでもらえたというのですごく嬉しいわ。

My very best wishes to all of you. Please enjoy well the Summer vacation.
皆さんにくれぐれもよろしく。夏休みを楽しんでね。

I am looking forward to seeing you soon.
もうすぐ会えるのを楽しみにしています。

Yours, Rika
草々 リカ


シモエル・ネルケンさんと奥様のオーラさん

私にワークしてくださっている方がオーラさんで、左がリカさん、その右側と下の写真がシモエルさんです。

お二人はいつもご一緒で、膝の悪いオーラさんをいつもシモエルさんが気遣って歩いておられるのが印象的でした。彼のワークは静けさと正確さと子供のよう な無邪気さとが共存しているように私には感じられました。今のアレクサンダー・テクニーク界においてとても貴重な存在であることは間違いないです。彼のイ スラエルのスクールからは200名以上の教師が巣立っています。今年の6月にはその記念パーティーが開かれたそうです。

以下はみんなと一緒に撮った写真を送った写真のお礼のメールです。

Dear Eiji,

Thank you very much for your message and the very beautiful pictures. We also
enjoyed very much the work with you.
メッセージととてもきれいな写真をありがとう。私たちも貴方たちとのワークを大いに楽しめました。

Lugano was a wonderful place and it took us some time to digest the impressions.
ルガノはすてきな所で、その印象をじゅうぶん消化するのに時間がかかりました。

Hoping to be able to meet again,
またお会いしましょう。

best wishes for you all, Ora and Shmuel
皆さんによろしく。

オーラ&シモエル


このほかにアメリカのバークレーで長年トレーニング・コースのスクールをやっておられるジオラ・ピンカスさん。アメリカに本部があるアレクサン ダー・テクニーク・インターナショナル(ATI)の重鎮であるトミー・トンプソンさんのワークを受けることができました。みんな共通して言えるのは、いず れもAT界では偉い方々であるにもかかわらず温かくハートフルな方々ばかりで、一人の人間と人間の関わり方まで学べたような気がしました。